一家の末路 前編 ~近親者~
コロール、広場にて――
雨が降っていても、人々の営みは何も変わることない。
ルシエンからの次の指令書は、コロール広場にある巨木の根元だという。
そこに古びたサックが隠されているというのだ。
指定された場所を探ってみると、確かにサックが一つ置かれていた。
わざわざこんな町中に隠さなくてもいいのにね。これではまるで宝探しだ。
しかしふと思うこともある。
ルシエンは実は俺を警戒していて、どこかに潜んでいるのではないかと。
それで、直接会うことなく指令書だけで指示を送ってくる。すると俺の気が突然変わったとしても、自分は安全な場所に居られるというものだ。
考えすぎかな?
そしてこれが、ルシエンからの第二の指令。
もしも死霊術師を退治する前にここへ来たらどうなっていたのだろうか?
気になるところだが、とりあえずは指令に従おう。
目的は指令書の仕組みを確かめることではない。闇の一党の全貌を知ることなのだ。
さてその任務だが、ドラコニス一家の抹殺という内容だった。
アップルウォッチの農場に住む母親から家族について聞きだして、五人全てを始末せよとのことだった。
ドラコニス一家とは何者か?
それがフラッテリー一家のように悪者一家ならば、こちらも気にかける必要なく任務を遂行できるものだが、さてどうだか――
そういうわけで、まずはアップルウォッチに住む母親に会いに行く。
彼女から、他の家族の居場所を聞くところから始めなければならないというわけだ。
アップルウォッチとは、ブルーマから少し西へ行った場所にある農場だ。
ブルーマからの旅で何度か素通りした事があるのでよく覚えている。
ここでふと考えた。
情報を聞き出すときは、暗殺者レイジィとしてではなく、アークメイジのラムリーザとして聞く方が相手に警戒心を抱かせないのだろうか?
そこで、暗殺者としての衣装を脱いで、普段着で接することにしてみた。
「こんにちは、ペレニア・ドラコニスさんですか」
「はい、そうですが――ってあなたはシロディールの英雄の――! あら! まあ!」
「落ち着いてください、別に取って食ったりしませんよ」
後に殺すことにはなってしまうのだがな……
「ごめんなさい驚いてしまって。最近すっかり神経が過敏になってしまったんです。一人きりで暮らしているとね……。それで私に何の用ですすか?」
「いえ、あなたにではなく息子さんたちに用があるのですよ」
「そうですか……。あっ、それならぜひともお願いしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「伺いましょう」
「英雄にしてアークメイジ様であるあなたに雑用を頼んでしまって申し訳ないのだけど、息子達に届け物をお願いできないでしょうか? このリストに息子達が住んでいる場所が書いてあります。そしてこれが届け物とお礼の代金です」
「了解しました、届けてみせましょう」
「よろしくお願いします」
こうしてあっさりと、ドラコニス一家の住処がわかったのである。
ペレニアから受け取ったリストには、四人の息子の名前と住んでいる場所が書かれていた。
一人目はマティアス。帝都のタロス広場地区に住んでいるそうだ。
ひどく荒っぽい人たちと仲良くなったらしいが、誰だろうか? 帝都で荒っぽいと言えば、海賊かな?
二人目はアンドレアス。酔いどれ竜亭という宿屋に住んでいるそうだ。
場所は、ブラヴィルとレヤウィンの間辺りの対岸、かつてアザニ・ブラックハートと戦ったアタタールの遺跡近辺にその宿屋はあるらしい。
三人目はシビラ。泥渓谷洞窟に住んでいるらしい。
場所は、ヴァーミルナの祭殿から少し西に行った辺りのようだ。
洞窟に住み着いているのは、野生化して動物と暮らしているからなのだとさ。
最後の一人はシーリア。レヤウィンの衛兵をやっているらしい。
衛兵は一番めんどくさい相手だ。巡回しているから、町の人の目につきやすいからね。
あと、メファーラにかけて太っていないのだそうだ。
メファーラか、忌み嫌う神であったが、暗殺者レイジィとしては守り神である。
これらのリストを見て、改めて思った。
今回の任務は一部を除いて、民衆を害することとなる。
やはりこれは暗殺者、闇の一党の仕事なのだな――、と。
さて、帝都に住むマティアス――、の前に――
まずは母親のペレニア・ドラコニスをデリート。
アークメイジとして善良に接した後、こうして裏の顔で始末する。
二つの顔を使いこなすとはそういうことだ。
もしも俺のやっていることが卑怯と思う奴が居るのなら、それは甘んじて受け入れよう。
許されないことなら、いずれその償いを受け入れる覚悟はできている。ただし、復讐が成就されれば、な。
だが、これが暗殺者の姿なのだよ。
この俺も、忌み嫌われてしかるべき存在なのだ――。
だから、こんな組織を無くしてしまうために、俺は自らの手を汚しているのだ。
ペレニアも、その目的のための礎となったに過ぎないのだ。
さて、改めて帝都に住むマティアスを探しに行こう。
タロス広場地区に住んでいると聞くが、家を全て回ってみたがマティアス・ドラコニスの家は存在しなかったのだ。
そこで、再びアークメイジの顔を使うことにした。
「おお、あなたは!」
「それはいいから、マティアス・ドラコニスという者を知っていますか?」
「マティアス? 彼ならウンバカノの家で、住み込みの護衛として働いているぞ」
「ありがとう」
「いえいえ、英雄のあなたと話ができて光栄でした」
……誰も知らないのだな。
シロディールの英雄の裏の顔が、暗殺者レイジィだということを。
再びレイジィとなって、ウンバカノの家へと向かう。
ウンバカノはネナラタ事件でネナラタと化したが、その後彼の家はどうなったのか?
主が帰ってこない家で、住んでいた執事や住み込みの護衛をしているらしきマティアスは何をしているのか。
雇われ傭兵のクロード・マリックは戦士ギルドに移籍したけどな。
そしてマティウスは、地下に待機していたのだ。
悟られないように、ひっそりと近づく――
ドラコニス一家二人目、マティアス・ドラコニスをデリート。
闇の一党壊滅に向けた、その礎となれ――
残りの者は、全員シロディールの東方に散らばっている。
順路に沿って、北から南へと向かっていこう。
その前に、リリィさんと会ってこれまでの経過報告をしておこうということで、港湾地区の自宅へと向かった。
「アークメイジよ、任務はどんな感じですか?」
「ん、酷いもんだよ。で、今日はアリーレさんも来たのですね」
「ラムリーザは私のかわいい息子ですもの、ほっとけないのよ」
「相変わらずそれなのですね。でもよかった、先日は話しかけてきたのに無視して通り過ぎて悪かったと思っている」
「いえいえ、リリィから話を聞いてあなたの境遇を知りました。闇の一党など壊滅させるべきですよ」
「おっと、その事はあまり吹き散らさないように」
「あっ、そうでした、ごめんなさい」
荒んだ生活をしているが、こうしてアークメイジに戻れるときが至福の時間だ。
緑娘と一緒に、仲間と共に平穏に暮らせたらよかったのにな。
そうならば、闇の一党も俺に狙われることも無かったのに。暗殺対象を誤ったな。
悪いのは緑娘の暗殺を依頼した奴だが、そもそもこの組織が無ければそんなことは起きなかったのだ。
だから俺は、闇の一党を潰すために手を汚す。
何度も述べるが、暗殺が許されないことなら、復讐が成就したときに俺は俺自身を――
「アークメイジよ、ヤケは起こさないで下さいね」
俺の心を見透かしてか、リリィさんはそう述べてきた。
「俺は復讐のためとはいえ、罪も無い人々を手に掛けてきた。その罪は受け入れるつもりだよ」
「でも私達にとって、あなたは大切なアークメイジなのです。それは変わることはありません」
「悪いのは、英雄であるはずのあなたから大切な者を奪ったこの国とも言えます。暗殺者の存在を許してきた臣民にも、責任を被ってもらっても誰もとがめないでしょう」
「ありがとう。リリィさん、アリーレさん……。でも、俺はふと思うのです。人を殺すという点では、魔術師ギルドも闇の一党も同じなのでは? と」
「いいえ、それは違います。相手が死霊術師なら、事は対等な権力闘争です。我々がいかなる手段をお使いになっても恥じることはないでしょう」
「…………」
「ですが、民衆を犠牲にしたならば手は血に汚れ、どのように正当化しようとも、その汚れを洗い落とすことはできません」
「そうだよな……」
そうだ。
死霊術師や山賊を退治するのと、何の罪もないドラコニス一家を暗殺することとでは正当性が全然違う。
やはりこの組織に正義は無い。
ルシエンを始末するだけでは終わらない。
彼は言っていた、ブラックハンドはリスナーとスピーカーから構成されている。
それら全てを始末しなければ、意味がないのだ。
あと、ナイト・マザーやシシスという存在も――
そして俺自身も――
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