衣装を取り戻したり、羊を預けたり
「さて、皇帝陛下の最後の願いの一つである、皇帝の隠し子を探しに行くぞ」
「あたしと約束して、マーティンとやらが愚鈍なら、傀儡にして帝国を乗っ取るか簒奪するかして頂戴」
「そんなに俺に皇帝になって欲しいのか?」
「一度ぐらいなってみようと思わないの?」
「思ってなれるものならなってもいいけどね」
「じゃあ思って!」
どうも先が思いやられる。
どうかマーティンという皇帝の世継ぎよ、公明正大な方でありますように。
もっとも、この世界を守るためにはドラゴンファイアの灯火が必要で、再びその聖なる灯火を灯せる者は、ドラゴンボーンとしての力を持つ皇帝一族だけだというのだ。
俺にその代役はできそうに無い。その辺りをなんとかできなければ、緑娘の野望は残念ながら達成されないのだ。
「それよりも!」
「なんね?」
「そのボロやめて!」
「分かったよ」
身分を隠して極秘任務というのもかっこいいと思ったが、どうやら緑娘はお気に召さないようで。
元々着ていた物は、おそらく帝都の獄舎地区、監獄のどこかに保管されているはずだ。
クヴァッチへ行く前に、一旦帝都に戻るとするか。
「で、この羊はどうするのだ?」
「連れて行くわよ」
「連れ回せるわけないだろうが、一旦大学の庭に預ける。どこかのタイミングで、ミーシャの所へ連れて行くからな」
「むー……」
「むーじゃない」
「お話の所悪いが、100G出してもらおうか?」
「ん、やる」
なんかいつの間にか、追いはぎが傍に寄ってきていた。
羊を引き連れていっているので、ユニコーンでかっ飛ばせない。のんびり進んでいたらこのザマだ。
だがいちいち対応するのもめんどくさいので、100Gぐらいなら欲しいならやろう。
「ちょっと、なんで追いはぎ放置するのよ?」
「なんか身内に、元追いはぎの婚約者が加わったみたいだからな」
「何よそれ?」
ここで追いはぎを斬り殺すことによって、第二のニラーシャが現れると思ったら、どうも手出し難くなってな。
だが二度目は無いとだけ言っておこう。また金を要求してきたら、しつこいと言って斬り捨てよう。
仏の顔も二度までだ。
ん? 一度足りないか?
まあよい。
………
……
…
というわけで、帝都の獄舎地区である。
元の衣装が残っているとしたら、ここにあるはずだ。
この施設の作りは魔術師大学とそっくりだが、そんなわけで中央の塔を目指すのであった。
「えーと、ここは監獄ですかな?」
「なんだお前は乞食か? いくら寒風をしのげないからと言って、監獄で暮らそうというのは虫が良すぎるぞ」
「違います、グレイ・フォックスを数週間前逮捕しましたね?」
「ああ、確かに奴を捕まえて投獄した」
「その時の持ち物を、魔術師大学のアークメイジが調べたいと言っている。すぐに渡してもらおう」
「いきなり現れた乞食の言うことが信用できるか!」
「しょうがないなぁ……」
悪用は絶対ダメだぞ、魅了の魔法だ。
戦闘は霊峰の指、交渉は魅惑術、隠密はジ=スカール先輩直伝の透明化。これがアークメイジ三種の神器、チート言うなよ。
話をさっさと進めるために、俺は看守に魅了魔法をかけたのであった。
「ふむ、お前の言うことももっともだ。グレイフォックスの所持品を取ってくるから待っておれ」
「よろしく頼むよ」
こんなものだ。
この魅了の魔法を使うと、ごく一部の者を除いて全て俺の意のままになるのだ。
ちなみに緑娘には効かない。抵抗されて効かないのではなく、元々俺に対する好感度や信頼度が最大のため、魔法をかけてもこれ以上上がらないという奴だ。
「ちょっとあなた、何をやったの? なんであの看守、あなたの言うことすんなり受け入れたの? 乞食の格好しているのに」
「この魔法は、信念の無い者にこそ良く効くのだ……(。-`ω´-)」
緑娘が不思議がるので、適当に答えておいた。
魅了の魔法に興味があるなら、ブラヴィルのクッド=エイに聞くがよい。幻惑魔法の分野は、ブラヴィルで研究されておるのだ。
そこに看守がいろいろと荷物を持って戻ってきた。
「おい、見知らぬ奴。これがグレイ・フォックスが所持していたものだ」
「よし、ちょっと待っておれ。って見知らぬ者言うな。その呼び方をされたらヘドが出らぁ!」
「ではお前は何者だ」
物陰に隠れてさっさと着替える。この部屋の物陰はどこかだって?
透明化だよ。
「これでどうだ!」
「おお、その姿はアークメイジ」
「だから魔術師大学のアークメイジが調べたいと言っていると言っただろうが!」
「なぜアークメイジがグレイ・フォックスを?」
「レックス隊長の手伝いをしてあげただけだ。もう行くぞ」
あまり長居すると、ボロが出そうなのでさっさと立ち去っておく。
緑娘もこれで満足だろう。極秘任務はやり難くなるが、いちいちうるさいから仕方が無い。
さて、次は羊問題だ。
俺が監督していないと、緑娘はお金を貯めて羊を買うという行動に出ることが発覚。
すでに一匹買ってしまっているので、こいつをどうするかだ。
悩んでいても仕方が無いので、魔術師大学に預けることにした。
………
……
…
「というわけでジ=スカール先輩、少しの間でいいので羊を預かってください」
「食べてもよいのか? ジ=スカールはラムステーキも好物だ」
「絶対にダメ! 食べたらカジート丼にして食べてやるんだから!」
当然反対してきたのは緑娘。カジート丼か、すごいな。
「羊はめずらしいですね。エルスウェアでは気候の関係でヤギが主流で、羊はあまり飼わないのです」
「誰よこの人、あなた誰? あたし知らない」
「ニラーシャだ。ジ=スカールの交際相手である」
「よろしく、どこかでお会いしましたっけ?」
ん? 緑娘とニラーシャは初顔だったっけ?
まあいいや、ここで自己紹介させておこう。
ちなみにリバーホールド郊外で、ニラーシャの元婚約者である追いはぎを斬り殺したのは緑娘だが、まぁこれは仕方が無い。
「いつまで面倒を見ればよいのだ?」
「そうだな……、現在俺は極秘任務に携わっている。それが一段落するまでかな」
「極秘任務とは何か? 先輩に隠し事はよくない」
「まぁ先輩になら話してもいいか。実は皇帝陛下が暗殺されたのだ」
「なんだそれか、それなら知っている」
「なんとな?」
「ラムリーザは黒馬新聞をまだ読んでいないのか? オカトー大議長がラムリーザを探していたぞ」
「誰だよそいつ」
あまり極秘じゃないような気がしてきた。
だが、皇帝の最後の依頼は、極秘任務のはずだ。
隠し子を探し出してブレイズに届けたら、この羊はレヤウィンのミーシャの所へ連れて行こう。
そんなわけで、羊はしばらくの間、大学構内で先輩に面倒を見てもらうことにしたのであった。
「おお、ようやく見つけたアークメイジよ」
「誰ですか?」
魔術師大学から出ようとしたところで、初めて見る人と遭遇してしまったぞ。
赤っぽい衣装、ひょっとして皇帝を暗殺した奴の一味か?
「私はオカトー、元老院の代表である大議長だ」
「元老院? 皇帝が解散させたのでは?」
「いや、皇帝が不在の時に、代わって統治する者だ」
「そんなものがあったのですか……」
「帝国軍は、魔術師大学と共に総力を結集して、暗殺者に正義の鉄槌を下すのだ」
「なんともまぁ、そんな話になっていたとは……」
「既に宣言済み、黒馬新聞で各地に伝わっているはずだ」
なんかアークメイジ不在のうちに、勝手に宣言に巻き込まれているような気がするが、まあよい。
大学が帝国のものなら、戦いに参加するのも自然というものだ。
さてと、いよいよクヴァッチだな。
なんだか今回の事件は、帝国全てが総力を結集することになっているらしい。
極秘任務とまた別の戦いになりそうだな。
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