永眠の地 ~神風の仕業かな?~
「ちょっと聞いてくれ。君に大事な話がある」
イアリルの秘術を出たところで、突然住民に呼び止められたりした。
彼の名前は、ヒラス・クラタムナス。
優しそうな顔をしたインペリアルだが、いったい何の用だ?
「ここで話すのはまずいんだ。日が暮れてから、シェオゴラス像北東の下水道格子前で会おう」
「シェオゴラス像とは何か?」
「入り口にあるじゃないか」
「んんん?」
「ああそれと、絶対に一人で来てくれよ」
ヒラスはさっさと立ち去ってしまったが、入り口にシェオゴラスなんて居たっけか?
――とまぁ、クルーシブル地区入り口にあったモニュメントを再確認してみたら、上にシェオゴラスが居たわけで。
いかんなぁ。裏側から、しかも目の前辺りしか見てなかったよ。
つまり、今夜ここで待ち合わせしたらいいんだな。
「あたしに隠れてこっそり逢引するのかしら?」
「お前さっき一緒に聞いていただろ? ヒラスは男じゃないか」
「さてどうかしらね~」
「どっちの意味でからかっている?」
「ちょいとちょいと、お兄さんいいかな?」
「なんぞ?!」
緑娘と意味があるのかないのかわからん会話をしていたら、不意に後ろから話しかけられる。
振り向いたらただの物乞い、また盗賊ギルドの斥候か?
「久しぶりだね! 待っていたよ!」
「誰やお前、知らんぞ」
「お忘れですか?! 一年前――いや、二年前かな? とにかくここでお目にかかったんですよ!」
「俺はこの世界に来てから三日目ぐらいだが?」
「あの時は名前を申し上げなかったのかな? ボルウィングだよ、ボルウィング!」
「あれ? 何か聞いた名前だな。思い出したような気がする……」
あれれ?
俺はこいつに言った通り、戦慄の島に来てから三日目ぐらいだったはずだ。
しかし、ボルウィングという名前に聞き覚えがある。
何故だ?
「俺って物覚え悪いからなぁ」
「思い出してくださいましたか! しかもあなたは、ご自分の記憶力について、今と全く同じことをおっしゃったんですよ!」
「いや、初対面のはずだ……(。-`ω´-)」
その時、緑娘が「ビッグ・ヘッド」と耳元でつぶやいてきた。
そっか、思い出した。
ニュー・シェオスの教会で会ったビッグ・ヘッドというおかしな奴が、フォークを探すためにボルウィングに会えと言っていたな。
「戦慄のフォークについて何か知っているのか?」
「あーはい、戦慄のフォークね。ヘレティックとゼロットのグループが奪いあっているって話だよ」
「ということは、どこかのキャンプにあるわけか」
ゼロットなど知らんが、ヘレティックならキャンプで時々見かけたことがある。
これまでに立ち寄ったキャンプにはフォークなど無かったが、今後新しく見かけたキャンプでは、フォークがあるかどうか確認しよう。
夜まで時間があるので、時間つぶしに鍛冶屋に寄ったりしてみた。
ブリスの鍛冶屋はごっついオークだったが、クルーシブルの鍛冶屋は、カッターという名のちょっと化粧の濃いお姉さんだった。
「まぁ可愛らしい犬をお連れで」
「犬はいいから、何か作れるかな?」
「古の魂が封じられている鉱石を扱えるわ。鋳型があれば魔法の装備を作ってさしあげますよ」
なんか、こっちの鍛冶屋も鋳型に魔力が染みついているだの、師匠が居るだの。
ブリスと同じだね。
「じゃあグリーヴの鋳型があるから、それ作ってよ」
「はいよっ、熱き血潮が足を駆け巡るわ」
「それって、着圧レギンスの類ですか?」
「はいどうぞ、できましたよ」
「はえーな」
なんでも狂気の鉱石は、柔軟で曲げやすい鉱石らしく、加工も簡単なのだとさ。
引っ張ればいくらでも伸びるが、衝撃にはめっぽう強いって奴かな?
「そんなわけで、完璧なる狂気のグリーヴだが、どうだ?」
「尻から小麦粉噴き出したり、左右狂い跳ねしてそう」
「なんやそれ……(。-`ω´-)」
相変わらず緑娘の装備に対するレビューは、なんだかよくわからないものであった。
………
……
…
最終的に、病弱バーニスの酒場で時間を潰すことになったのである。
日が暮れるまで、この陰気な酒場で飲み食いするだけだ。
むろん、他の客は、一切現れない。
「それじゃ、ヒラスの頼みを聞いてくる」
「いいわ。何を頼まれても、絶対に完遂するのよ」
「はいよん」
ヒラスは「一人で来てくれ」と言っていたので、酒場に緑娘と犬――と認めたくないが、犬を残して出かけることにした。
あー、ちなみにバーニスも「可愛いワンちゃんお連れで」だそうだ。
わからんね、ディメンテッド派の考えは。
夜の町に出ると、やたらと上の方でわーわーと騒ぎ声が聞こえる。
屋根の上で何かやっているみたいだが、何をやっているんだ?
屋根へと続く通路を探して上がってみると、そこでは喧嘩(?)とそれを見て大騒ぎしている観客(?)が居た。
なんだろう、ニュー・シェオスのアリーナみたいな感じかな?
「これは何の騒ぎかな?」
「あなたはクラブのメンバーじゃないわね。見たければ見てもいいけど、邪魔はしないでね」
観客の中に、昼間グリーヴを作ってもらった鍛冶屋のカッターが居たので尋ねてみたが、何かのクラブらしきものであるだけで、詳しくは語ってくれなかった。
そしてその観客の中に、俺に犬――みたいな生き物を押し付けてきたウシュナールの姿も発見した。
「あ、ウシュナール、これは何のクラブだ?」
「ファイトクラブ規則第一条、ファイトクラブについて口にしてはならない」
「これはファイトクラブなのね。ちなみに第二条は?」
「ファイトクラブ規則第二条、ファイトクラブについて口にしてはならない」
「…………(。-`ω´-)」
なんか適当にあしらわれたような気がする。
たぶん三条も四条も同じこと言いそうだし、五条についてはそいつに投票しろと言われそうだ。
結局何のクラブなのかわからずじまいだったが、屋根の上から見下ろすとヒラスが待ち合わせ場所で待っているのが見えたので、クラブのことはとりあえず置いておくことにした。
「ああ、よく来たね。ちょっとした儲け話に興味は無いかい?」
「儲け話か、どろぼうさん系じゃなければ乗ってやろう」
「盗みじゃないから安心してくれ。ところで、今の世の中どう思うかい? 私はもうこの苦痛に耐えられないんだ……」
「ん、ディメンテッド派らしいこと言ってるな。まぁ、運の悪い日もあるさ」
「ツキなんか関係ないよ! 君も惨めな暮らしを送ってみたらわかるよ!」
「まぁ、わからんでもない」
緑娘が闇の一党に暗殺されて、敵討ちをするまで、俺も暗く沈んだ気持ちになったものだ。
しかし、人生山あり谷あり。今ははばかることなく、その緑娘と再び一緒に冒険できる幸せを、噛みしめよう。
「というわけで、君には――私を殺してほしいんだ」
「は?」
「みんなの望み通り、この町で死にたいんだ」
「闇の一党系かよ、どろぼうさん系よりたちが悪かった……(。-`ω´-)」
ヒラスの話では、死にたいけど自殺は嫌なのだそうだ。
どこかで聞いたような気がするが、自殺の丘の惨めな霊にはなりたくないのだそうだ。
あ、スプリットの村での分裂騒動か。
ヒラスは、事故に見せかけて自然に殺してほしいのだそうだ。
報酬は、自宅の宝石箱にあるそうで、死んだらその鍵を受け取ってくれたらよいと言ってきた。
『何を頼まれても、絶対に完遂するのよ』
ヒラスが立ち去った時、緑娘の言葉が蘇ってきた。
シェオゴラスは見ている、これも完遂することで、奴の興味を引く結果に繋がるということかな?
「んじゃ手っ取り早――」
「やめろ! こっそりだぞ、これじゃ駄目だ!」
めんどくさい奴だな、死に方にこだわっても仕方が無いだろうが……
ところで、不本意な生き方を強制させられることと、不本意な死に方を強いられること、どちらがより幸福だと思う?
さて、ヒラスは危なっかしい場所に立って、周囲をうかがっている。
いかにも突き飛ばしてくれと言いたげな感じだが、すぐ後ろに衛兵が居るから手出しできないんだよね。
どうせなら、ファイトクラブだか何だかよくわからないクラブに参加して、不慮の事故みたいな感じに殺された方が自然じゃないのかね?
「時々ここに来て考えるんだ。ここからだと何もかも小さく見えて、気持ちいいだろう?」
「どうしたん? 飛び降りたら簡単に終わるぞ」
「それはできないんだ、自殺の丘には行きたくないから。でもいつの日か、神風が背を押して、全てを終わらせてくれるのを待っている」
その時、急に強い風が吹いて、危うく吹き飛ばされるところだった。
――ということにしておいてくれ(。-`ω´-)
「違うよ、俺知らんよ」
「誰か手すりを付けておくべきだったな。ま、よくあることだ。気にするな」
「よくあるんだ」
衛兵も、神風の仕業と取ったようだ。
いや、俺は突き飛ばしてないよ――たぶん。
――ということにしておいてくれ(。-`ω´-)
そんなわけで、ヒラスは自分の思い通りの結末を迎えたのであった。
まあいいか……
闇の一党は、人に不本意な死に方を強要させる集団だ。
ヒラスの場合は、本位な死を望んだことだから、より幸福だったのだろう。
――ということにしておいてくれ(。-`ω´-)
ヒラス・クルタムナスは死んだ。
彼の家にあった宝石箱からは、幸福の指輪が一つ、そして一通の遺言状が残されていた。
遺言状には、自分自身がずっと死にたがっていること。
そしてこれは自殺の書置きではないと明言すること。
この遺言状が誰かに見られた時、それはつまり自分の願いがかなった時だと言うこと。
遺言状を書いている時は幸せではなかったが、今の自分は幸せであること。
そして、ありがとう! としたためられていた。
遺言状によると、ヒラスにはもともと家族が居た。
しかし、息子に先立たれてしまい、生きていく希望を失ったらしい。
そして魔術師によって、この指輪は息子のことを思い出させてくれると言って譲ってもらったものらしい。
残念ながら、指輪は息子の代わりにはならない。
俺もヒラスの遺品である指輪をはめてみたが、確かに周囲が明るくなる。身体も軽くなった気がする。
たとえ周囲が明るくなろうが、身軽になろうが、自分が魅力的になろうが、そんなものは緑娘の代わりにはならない。
夢を司る神ヴァーミルナよ、もう一度俺を生きさせてくれ。
緑娘と共に過ごせる、幸福な夢の世界でも構わないから――
俺は、ディメンシアの世界を象徴するような出来事を体験し、そしていつしか眠りについていたのであった。
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