マビノギプレイ発展期2:ASSAMギルド 前半 2009年6月14日 ~ 2010年7月31日
さて、発展期1で述べたChinderellaギルドは、元マスターのアメリアさんが引退して、龍ノ輔さんがマスターを引き継ぎました。
それに合わせて、弓エルフとしてのきっかけを作ってくれたAinoさんも引退してしまいました。Ainoさんが最後にメッセージを残してくれた記憶があるのですが、何だったかは完全に忘れてしまいました。確か、エルフ育成についてだったと思うけど……。
アメリアさんも、お別れですと言って、最後にエンチャ付きの装備を残してくれたと記憶しています。
装備的にはたいした物じゃなかったので、当時エンチャントのスキルトレをしていたこともあり、抽出して貼ってトレーニングの足しにしてくださいってことだと思いました。
そのアイテムは、抽出失敗して灰になりましたけどね!
その頃から、自分は「低ライフエルフ」というものを目指すようになっていました。
何故目指していたのか、今では目的を忘れてしまったので調べました。
「矢を外した際、中途半端にライフがあるとデッドリーになれず戦闘不能になってしまうけれど、ライフ1なら被弾してもデッドリーで確実に生き残れる」(知識王の回答より抜粋)
調べながら、いろいろ思い出しました。
全身に盗賊エンチャントをつけていましたね。このエンチャントは、ライフが15下がるけど、Luckが10増加(クリティカルUP)というものでした。
さらにサキュバスを誘惑して、より低ライフ、より高火力に育てていましたね。
あれから10年近く経ってますが、今も低ライフ作戦は通用しているのでしょうか?
さて、育成からギルドの話に戻ります。
Chinderellaギルドは、みんなのアイドルアメリアさんが引退してから、どんどん寂れていきました。
人数自体はギルドに30人以上在籍していたと記憶するのですが、実質動いていたのは固定の数人ぐらいまで減っていましたね。
雰囲気的にどのくらい減ったかと言うと、新参者の私がサブマスターに任じられるぐらい減っていましたw
ここまでくると、ギルド内での発言力があっても良いのでは? と考えた私は、マスターの龍ノ輔さんに一つの提案をしました。
「ギルド内にもう来ない人がかなり多くなっているので、一旦整頓しませんか?」
要約すれば、こういったニュアンスの内容を言ったと思います。
龍ノ輔さんも、この意見には賛同してくれて、時代が動き始めました(格好つけw)
そして、2009年8月23日、Chinderellaギルドに残っている人+αの人達が集まって、ASSAMギルドが誕生しました。
このギルド作成には、寂れたギルドの再構築という表向きの目的と、もう一つは私的な目的で、いつも一緒に遊んでいたルゥをGOLEMMASTERギルドから引き抜くという目的がありました。
これによって、ラムリィでプレイしなくなったりして申し訳ないなぁ、と思っていたことに追加して、メンバー引き抜きとかやったので、ますますGOLEMMASTERギルドに対する後ろめたさが増幅されたのですが、ラムリーザとしてのプレイはより楽しいものになったので、あくまで個人的にはOKの展開でした。
それ以降は、弓攻撃の火力の源となるDEXを上げるための生産活動に励み、各種イベントに励み、と順風満帆のマビライフを楽しんでいました。
今思い返すと、この発展期が一番楽しかったのではないでしょうか?
Chinderellaギルドの下っ端からASSAMギルドの中心人物へと昇格。純粋に、夢中になっていたと思います。
それでは、残っているスクショを頼りに、時系列順にイベントや出来事をまとめてみましょう。
2009年9月24日、シーソーイベントで月世界旅行。
二人でシーソーで交互にジャンプして、タイミングが合えばどんどん高くジャンプして、最終的に月まで飛んでいくという、深く考えたらわけのわからないイベントでしたw
実際に月面のマップまで用意されていて、このマップはこのイベントの時しか行くことのできない限定マップでした。
2009年10月3日、詳細忘れたけど、イウェカうんぬんで盾とか装備を作るイベント。
スクショには、噂のデススター(愛称)が……w
彼の3タゲ対処戦法はすごかったなぁ……w
2009年10月26日、ラムリーザがファルコンセイジへと成長する。
野獣化だったかな、詳細は忘れましたが、変身して強くなる系のスキルでした。
このデザイン、個人的にお気に入りでしたね。
影ミッション、「また別の錬金術師たち」。相性がよかったのか、簡単だったのか、ここばかりプレイしていた記憶があります。
スクショの画面では、ボタンを叩いて敵を出して退治するステージですが、ここで一人画面の前で爆笑していた出来事がありました。
一緒に遊んでいたルゥが、ファイアーボールで一網打尽にするとか言うので、私はスイッチを全部叩いてから隠れて、敵が全て出現した後で、ルゥはファイアーボールを放ちました。
しかし、ファイアーボールの火力が十分でなく、敵を倒しきれませんでした。
その直後、画面上全ての敵が、ルゥに殺到してワッショイワッショイとお祭りしているのを眺めながら、私は画面の前で一人爆笑していましたw
ゴーレムの群れが、ズドドドドドと一斉に向かっていく場面は、何故か今でも鮮明に記憶に残っていますw
このミッションのラスボスはバシリスク。
攻撃しても、ちっともひるまないので、防護壁を作ってその影から弓や魔法で攻撃していました。
2009年11月18日、何かのイベントだったかな?
キャラクターが豆粒のように小さくなっています。
2009年11月28日、前述のデススター(愛称)と、北の氷原で釣り。ワカサギ釣りみたいなものだったかな?
釣った魚で料理を作っていた記憶があるけど、ウナギみたいな魚だったかな?
釣りの目的は忘れてしまいました。
2009年12月19日、クリスマスイベントですね。内容は……、忘れましたw
ネットゲームって、イベントが現実のものとリンクしているのがあるんだよね。
プレイ開始直後にはパレンタインイベントをやっていたし、あとハロウィンイベントなんてのもあったと思います。
あと、マビノギの目玉イベント(?)が、定期的に現れる大ボスを倒すレイド戦ですね。
このレイド戦で、誰がフィニッシュを取るかでプレイヤーの間で揉めていた記憶があります。フィニッシュを取れば、某匿名掲示板にプレイヤー名を晒されるとかありました。まぁ、私には縁の無い世界だったけどね。
で、こういったレイド戦ですが、覚えていてください。
後に、「四神演武 regulus」というゲームで、私はやらかしまくりますw
マビノギには、通常レベルと探検レベルがあります。
基本的に、これらのレベルを上げて、APを稼いでスキルを上げるという流れだけど、とにかくレベルを上げまくっていました。
通常レベルを上げる方法が、当時では「影差す都市」というミッションを周回、もしくは黒尻尾マングースを延々と狩り続けるというプレイをしていました。
馬などの騎乗ペットの使用時間いっぱい、プレイし続けていました。例えば、ユニコーンの使用時間、90分ぐらいだったかな、その間延々と黒尻尾マングースを狩り続けるとかね。
もう一つの探検レベルの上昇は、筏下りだったかな、それと、砂漠の中に迷ったエルフの救出がメインでしたね。
あの時から約十年後の今、レべリング手段はどう変わっているのでしょうか?
当時は、通常レベル100の探検レベル20を目標にしてプレイしていたかな。
二週間で転生してレベルをリセットできるので、二週間狩りまくり、いやぁ、元気だったなぁあの時は。
とにかく、マビノギはやることが多いのですよね。一日6時間はプレイしていたと思います。
今は、一日精々2時間ぐらい、しかも、ブラウザゲームをポチポチクリックしながらプレイとか、絵を見ながらテキストを読む、ヴィジュアルノベルゲームぐらいしか、プレイしていません。
うん、老いたね……(。-`ω´-)
しかし、数多いスクショのなかで、まさにその通りだ、と思った一枚はこれですね。
細かい所はいろいろと忘れてしまった過去だけど、ほんと、スクショがいろんな意味でメモリアルですね。
後半に続く――
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