偏執の貴婦人 後編 ~陰謀の終末~
昼過ぎ、クルーシブル地区にて――
マ=ザーダと会うのは夜となっているが、ちょっと様子見に家に向かってみよう。
家に鍵はかかっていないので、外出中というわけでは無さそうだ。
邪魔だと言われたら、その時はまた放置して、夜にでも訪れたらよいだろう。
「こんちわっ、証拠集めは順調かな?」
しかし返事がない。
証拠の整理に真剣になっているのか、それとも――
「あー……」
「ミューリーンがやったのね」
「ネルリーンの可能性もあるが……」
昨夜、ネルリーンはマ=ザーダに言っていた。
協力者が見つからなかったら、お前は消されることとなる。そして、尋問官に感づかれるなよ、と。
俺に思いっきり感づかれていたので、口封じにどちらかが殺したということだろうね。
何か手掛かりはないかと、マ=ザーダの懐を漁ってみる。
すると家の鍵とは別に、戸棚の鍵というものを持っていたのだ。
よほど大事なものをしまった戸棚なのだろうね。
二階がマ=ザーダの寝室となっていた。
「さて、怪しい場所は?」
「この胸像が怪しい」
緑娘の言う胸像は、ベッドをじっと見つめるように置かれている。
胸像は後で調べるとして、俺はまずは鍵がかかっているであろう戸棚を調べるのだった。
ん~、エロ本が出てきたらどうしようw
そうなったら緑娘に感づかれる前に、ベッドの下に隠すとしよう。
とまぁ、鍵付き戸棚に隠されていたのは、一振りの剣とメモだったわけで。
いや、このメモがエロ関係という可能性も残っているけどね。
「何か見つかったかしら?」
「COMICパピポが見つかりました!」
「何よそれ、怪しい物でしょ」
なんだか追及されたので、緑娘の前で音読することとなってしまった。
「え~、ネルリーンがこの剣を預かるように頼んできた。アンヤに渡して行動を取らせるべきだと勧めたが、アンヤは駄目だった。でもこの剣は証拠として役に立つだろう。シルも受け取るはずだ」
「じゃあネルリーンが犯人なの?」
「いや、首謀者はミューリーンで間違いないようだ。彼女がネルリーンに指示を出している者であり、マ=ザーダが生き延びられなかったとしても、この剣が十分な証拠となるはずだ」
「ふ~ん」
最後にマ=ザーダは、その時を見るまでは死にたくないと書き残していた。
えーと、要するにミューリーンがネルリーンに指示を出して、俺のいない間にマ=ザーダを殺したということだろう。
「よし、ミューリーンを探し出して、この剣を見せつけてやろう」
「あたし顔を覚えているから大丈夫よ」
「では行こうか」
こうして、首謀者のミューリーンを探す任務が始まった。
これって、冒険者の仕事じゃないよね。
完全に探偵――、最高尋問官って探偵みたいなものだったのかな。
「これがブリス地区へと通じている扉だ」
「ビューティー・ローデスの顔みたい」
「なんやそれ?」
誰だそいつは?
上唇が額まで裂けているのか?
「あっ! こいつがミューリーンだ!」
とまぁ、緑娘が顔を覚えているミューリーンは、ブリス地区とクルーシブル地区にまたがって建てられている教会で礼拝中だった。
おばさんというより、お婆さん?
その髪型と髪の色が、お婆さんに見えるのだが……
「あなたがミューリーンですか?」
「そうですよ。レオおじさんと楽しくおしゃべりしてきたところだど、彼はちょっと気分がよくないみたい。腕を失ったのよ」
「いや、それ気分がよくないで済まないから――じゃなくて、シル公爵を殺そうとしているだろう?」
「何の話ですか?」
「ほー、誤魔化すのな?」
ミューリーンはこの期に及んで陰謀には関係ないようなことを言ってくるので、俺はマ=ザーダの家で見つけた剣を見せつけてやった。
「なるほど、私を突き止めるために随分頑張ったようね」
「なぜシル公爵を殺そうとする?」
「シルは私たちを裏切り、敵と慣れ合っているいるからよ。万死に値する行動よ」
「そうか……」
どうやら、マニック派とディメンテッド派は、お互い相容れない関係なのかな?
これはひょっとして、旋律の島を二分する内戦が始まる原因ともなりそうだ。
それはそうと、ミューリーンはハーディルによって引っ捕らえて、公爵の屋敷にある牢獄へと連行されていった。
俺はこれらの顛末を、シル公爵に報告したら、この任務もおしまいだ。
………
……
…
「そんなわけで、ミューリーンが黒幕でした」
「よろしい。今すぐ彼女を処刑してしまいましょう」
「ぬおっ?!」
シル公爵に報告したところ、ミューリーンの処罰は死刑ということになってしまった。
これぞ、ディメンシアの考えというわけか……
シル公爵は、これから拷問部屋へと向かうので、俺にもついて来いと命じてきた。
なんというか、俺も処刑に立ち会わないとダメなのか。
拷問部屋というか牢獄というか、そこでは既にハーディルの手によって捕らえられているミューリーンの姿があった。
まぁ公爵暗殺という大逆を企てた者だ、死刑に処されても仕方ないと言えば仕方ないのだろう。
「あなたは私に対する暗殺計画を自白したようね。この裏切りによる罰は死刑、直ちに実行する」
そう言うと、シル公爵は何のためらいもなく、部屋に備え付けられていたボタンを押すのだった。
どこぞの国では、死刑執行のスイッチは複数あり、誰が死刑を実行したのかは分からなくなっていると聞く。
それほど、他人の命を奪うという行為は躊躇するというものらしい。
しかしこのシル公爵は、自ら死刑を執り行ってしまった。
堂々としているものか、裏切り者は許さないという信念を持っているのか。
ま、俺が山賊などをためらいなく退治しているのと同じだ。
シル公爵にとっては、ミューリーンは自分の命を狙う敵だということだ。
俺も自分の命を狙うものには、全力で対応して返り討ちにするだろう。
そして緑娘の命を狙う者に対しても同じだ。
そう、その集団の末路を、今更語る必要も無かろう……
轟音と共に、鉄格子の中めがけて、強烈な雷撃が襲い掛かる。
あ、霊峰の指だ。
むろんその雷撃を食らったミューリーンは、ひとたまりもなかった。
事が終わると、シル公爵は俺の方を振り返った。
「見ての通り、これが私に盾突いた者の末路よ」
「肝に銘じておきます」
「いい仕事だったわ、尋問官。感謝の印として、あなたの命を保証し、ディメンシアの廷臣に銘じます」
「いや、俺はマニアの方が――じゃなくて、謹んでお受けいたします……(。-`ω´-)」
とりあえずこの場では、大人しく従っておく。
シル公爵は、報酬として魔力が込められた弓を差し出してきた。
なんでも、この弓を使って放った矢は、相手を恐怖に突き落とすらしい。
「ありがとうございまぁす!」
「こら」
弓を受け取ろうと手を伸ばすと、その前にひょいと奪う感じで緑娘が取っていった。
お前、狂気の鉱石と鋳型で作った完璧なる狂気の弓を取ったばかりだろうが。
最初に手にした、レルミナの涙付きの弓と合わせて三本目。
そんなに弓を集めてどうするんだよ?
そろそろゲートキーパーの骨でできた矢が底をつく頃ではないだろか……?
あと、ミューリーンの懐を探ってみたところ、決闘者の掟なる書類が出てきた。
なんだろう、例のファイトクラブの掟かな?
ウシュナールは適当なことを言ってごまかしてきたが、これであのクラブがどういったものか見えてくるか?
ぬ……、決闘者のことについて、参加者のことについて口にするなという掟だと?
ウシュナールの言っていたことは本当だったのか……
「掟の内容が同じということは、あのクラブは本当にファイトクラブだったのか」
「ファイトクラブ規則第一条、ファイトクラブについて口にしてはならない」
「そうそれ、決闘者を口にするなという掟は、まさにそれだよな」
「ファイトクラブ規則第二条――」
「いや、もういいから」
おまけとして、シェオゴラス謁見の間に、いつの間にか新しいオブジェクトが追加されていた。
「これって、さっきの処刑だよな」
「電撃殺虫器みたい」
「バチッ、バチッバチッ」
おおっ、なんか初めて緑娘の感想を理解できたぞ!
――といったところで、シル公爵の依頼、完了!
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