永遠の退役 ~狂気の前兆~
- 公開日:2020年8月31日
「ようこそ殺し屋さん、最も重要な計画がありますよ」
ある日、オチーヴァは再び俺に契約を持ちかけてきた。
それにしても殺し屋さんか、俺も堕ちたものだな……、はは……
今回の任務は誰それからの依頼ではなく、闇の一党そのものが持ちかけた仕事であった。
そんな仕事を依頼されるようになるとはな、俺も闇の一党の中に確固たる地位を築き上げられつつあるわけだ。よい傾向だ。
今回の標的は、アダマス・フィリダという帝国軍の将校である。
彼は全生涯を掛けて闇の一党撲滅に向けて動き。いろいろと契約の邪魔をして組織のメンバーを粛清し続けてきたらしい。
俺から見たら味方とすべき人物なのだが、今回は過度の期待はしていなかった。
盗賊ギルドでレックス隊長に協力しようとしたところ、左遷させてしまうという事態を引き起こした。
そしてこのアダマス・フィリダ、殺すこととなるのはある程度予測はついていた。協力しようとしなくて正解であった。
頼れるのは、己の力だけなのだ。俺一人で闇の一党を壊滅させてやるのだ。
オチーヴァの話では、これまでにフィリダを始末しようとして三回ほど失敗したそうだ。彼は強大で、頼もしい仲間に囲まれていた。
……誰かみたいだな。
闇の一党と戦ってきた彼も、今では退役してレヤウィン地方で衛兵として老後を過ごしているらしい。
それでも闇の一党は彼を見逃すことはないというのだ。
すでに闇の一党にとって脅威ではなくなったが、こいつらは死を望んでいる。
つまり失敗してもしつこく攻めてくる、対象がもはや脅威でなくなってもしつこく攻めてくる、それがこいつらだ。一度目をつけられたら、死神のようにどこまでも付き纏う。
そんな組織は、必要ない。
だが、闇の一党の全貌を知り、組織の全体を壊滅させるための礎になってもらおう。
フィリダも結局は、その末端構成員を数人退治できたに過ぎないのだ。
それだけではダメだ。頂点から全て崩さないと、何の意味も無い。
盗賊ギルドがグレイ・フォックスを失って、その活動に陰りが見えたように、な。
というわけで俺は、アダマス・フィリダが衛兵として老後を過ごしているレヤウィンへとやってきた。
門番をしている衛兵にフィリダについて尋ねてみると、今彼は町の中にある池で水泳中だと言う。
衛兵が水泳とは妙な話だな。ほんとうに引退して老後を過ごしているだけで、本格的に衛兵としては働いていないのかもな。
つまり放置していても、もはや問題の無い人物になっているはずなのだ。
そうか、闇の一党は復讐をしているのだな。
その気持ちはわかる。
愛する者、仲間を殺された者にしかわからない気持ちだ。
何も知らない奴が、ただ言葉だけで「復讐では解決しない」というのは、ただの偽善なのだ。
レヤウィンの池ならすぐわかる。
その池を覗いてみると、確かに一人の老人が水泳を楽しんでいた。
衛兵の老後とは、こんなにも暢気なものなのだな。
しばらく彼が泳いでいるのを見ていると、疲れて休憩のためか、桟橋で横になったのだ。
そこに俺は、暗殺者レイジィではなく、アークメイジラムリーザとして対面する。
「こんにちは、アダマス・フィリダ殿」
「お知り合いでしたかな? えっとそうだ、アークメイジ殿だ。こんな所で老人に何の用ですかな?」
「あなたは闇の一党撲滅のために随分と功績を立てられたとか」
「その通り。まだまだやるべきことは残っているのだが、もはやこの老体では奴らと抗争などできるわけがない」
「一つよい情報があります。グレイランドをご存知ですか?」
「ここから少し南に行った所にある一軒家だ。スクゥーマの密売人が拠点にしていたと聞く」
「そうです。そこで今夜、闇の一党に連なるものが密会を開くとか」
「ほんとうか?」
「行ってみたらわかりますよ。あなたが闇の一党に一矢報いる最後のチャンスです。ただし大勢で向かうと、相手に覚られるかもしれません」
それだけ伝えると、俺はフィリダの傍から立ち去った。
後は彼がどう動くかだ。動かなければ、別の方法を考えよう。例えば水泳中に水の中から暗殺するとか、ね。
ただ、町中で堂々と暗殺するのは気が引ける。出来ればひっそりとやりたいものだ。
………
……
…
その夜、俺は密かにグレイランドへと向かった。フィリダは調べに来ているだろうか?
すると、その一軒家の前に帝国の将校が一人。アダマス・フィリダだ。
俺の忠告どおり、彼は一人で闇の一党の様子を伺いに来たのだ。
まさか帝国のアークメイジが裏切っているとは思うまいということである。
アークメイジ、英雄ともてはやされる俺がここまで堕ちるというのもめずらしい話だ。
だが許してもらおう。
英雄のささやかな願い、緑娘と平和な老後を――
それを許してくれなかったのだから、その責任を一部の者に被ってもらおう。
ただしその見返りとして、闇の一党を壊滅させてあげるよ。
「フィリダ殿――」
「ん?」
元帝都軍将校アダマス・フィリダ、デリート完了――
闇の一党壊滅の任務は、俺が引き継ごう。
しかしその前にやることがある。
闇の一党に対するさらなる信頼を得る為に、俺はオチーヴァの依頼してきた行動に移った。
~~~
「フィリダが死んだら、奴の指を切り落とすのです。そしてその帝国軍の認印指輪をはめている指を、帝国の刑務所の兵舎にあるフィリダの後継者の机に入れるのよ」
~~~
要するに見せしめをやって、二度と帝国軍に闇の一党へ手を出すなと言いたいわけだ。
俺はフィリダの指を切り落とし、立ち上がった。
そして帝都へ向かう前に、ある場所を訪れていた。
こんなことを平気でやっている俺は、やはり狂気に走り始めているのかもしれない。
しかしもしも――
もしもだ――
世の中の道理を狂わせてでもよい。
もしも緑娘の笑顔が再び俺の物になるのならば――
狂気を司る神シェオゴラスよ、あなたに仕えてもよいとさえ思っている。
暗殺者と身を落とした今、村の一つや二つに災厄を引き起こすぐらい大したことではない。
いくらでも、狂気に身を任せようではないか。
幸せな狂気の中で、緑娘と一緒に過ごせるのならば、な。
………
……
…
帝都監獄地区にて――
もしも困難な任務ならば、透明化して片付けてしまおう。
しかし兵舎には、衛兵の姿は無かった。
オチーヴァの依頼通り、フィリダの指を机の中に入れて、任務は完了だ。
――メファーラよ、短い間だと思うが、我の暗殺稼業がうまくいくようお見守りください。
――ヴァーミルナよ、せめて夢の中だけでよいので、我に緑娘と一緒に過ごせる幸福な夢をお与えください。
――シェオゴラスよ、世の中の道理を狂わせてもよいので、我に緑娘と一緒に過ごせる世界をお与えください。
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