水上の墓穴 ~海賊船長抹殺指令~

 
「ああ、来たね。やっとあなたに会えてうれしいよ」
 
 シェイディンハルの廃屋、その奥に隠されていた聖域と呼ばれる闇の一党の拠点にて――
 俺は、オチーヴァからヴィセンテという者が仕事の管理していると聞いていたので、その者を探して聖域と呼ばれる場所を探していた。
 

 彼がヴィセンテ・ヴァルティエリ。特徴的な目からもわかるとおり、彼は吸血鬼だ。
 吸血鬼とは、スキングラードの伯爵にしてグレイ・プリンス曰く汚らわしい悪魔。
 ヴィセンテは、吸血鬼としての欲望よりも闇の信徒の要求と教義を優先していると言うが、まぁ好きにしてくれればよかろう。
 彼に仕事の支度はできていると伝えると、早速最初の契約について話をしてきたのだ。
 契約とは、ある者が闇の信徒と結ぶ密約の事で、その者が闇の一党に金を提供し、ここの者が依頼された誰かを抹殺するというものだ。
 
 ある者のために、緑娘は……
 
「海賊に対してどのような感情をお持ちかは知らぬが、一人殺すこととなる。いかがかな?」
 
 俺が思うに、海賊も山賊も同じだ。出没する場所が海か山の違い。数多くの山賊を退治してきた俺にとって、今更といった相手だな。
 そんなわけで、何のためらいもなしに引き受けることにした。
 
 任務の内容は、帝都の港湾地区にあるマリー・エレーナ号という船に向かうこと。
 その船に忍び込んで、船長のガストン・タッソーを探し、適当な手段でタッソーを抹殺することだ。
 その際、海賊はたくさんの貨物を船に積み込むので、積荷の木箱に潜れば、簡単に船に侵入できるというのだった。
 
 海賊の親分か。
 いろいろと恨まれることをやってきたというのだろう。
 海賊退治なら、戦士ギルドに依頼してもよいと思うが、暗殺を依頼するところ陰湿な奴が依頼したのだろうな。
 

 こうして、闇の一党での俺の仕事が始まった。
 本意ではないが、出世して幹部に接するまでの我慢としよう。
 闇の一党にも、盗賊ギルドにおけるグレイ・フォックスのような存在が居るはずからな。
 そいつと遭遇するまでの辛抱である。
 

 ………
 ……
 …
 
 
 

 これがマリー・エレーナ号。
 あまり気にしたことはなかったが、この船は海賊船だったのだな。
 闇の一党としての任務は、夜の闇に紛れて行動しよう。標的も寝ているほうが、簡単にデリートできるからな。
 

 海賊の見張りに見つからないように積荷を確認すると、そのうちの一つが空箱だったりした。
 この中に潜り込んでおけば、勝手に船内へと運び込まれることとなるのだろう。
 俺は身をかがめて箱の中に入ると、蓋を閉じてじっと待った。
 
 
 ………
 ……
 …
 
 

 というわけで、荷物と一緒に船倉へと運び込まれたのだ。
 後は子分達に見つからないよう、船長をデリートするだけだ。
 俺が思うに、海賊などは真昼に正面から乗り込んで、一網打尽にしても誰も文句を言わないと思うが、依頼人はそうは考えなかったのだろう。
 
 船倉を出て船室へと向かうと、途中で人の声が聞こえてきた。
 
「そうだろ、若いの、ついてないぜ。女を乗せた海賊船! 海賊人生振り返っても、そんな話は聞いたこともねぇ」
「そういう時代なのさ。俺達はマルヴリスに何度助けられたんだよ、え? タッソー船長があの娘を乗せているのには理由があるからさ。彼女は俺達の誰よりもいい船乗りさ」
 
 女を乗せた海賊船ね。
 どこぞの船団は女頭で、女のあたいが船長やっているのはおかしいか? などと聞いてくるものである。
 それに対する俺の返答は何かだって?
 要は海賊も山賊も同じ、海賊に身を落とさなければならないとは気の毒な話だな――ってことだ。
 正規の船団ではダメなのか? と問いたいね。帝国にも海軍あるだろうし、探検隊、商船団、いろいろ他の真っ当な生き方もできたはずだ。
 しかし海賊にしかできない、そこが残念なところである。
 海賊になればお宝がたくさんだって?
 上質なダイヤモンドですら宿屋十日分にしかならない100Gの国で、何がお宝だっての。追いはぎの方が効率的だというものだ。
 

 とりあえず船室に潜んで、あの船乗り達がどこかに行くのを待とう。
 船長室に行くには、あそこを通らなければならないからな。
 
「さてと、無駄話はこのぐらいにしないとな」
 
 子分の雑談は終わったようだ。
 

 一人は船室を通り過ぎて、船倉へと向かって行く足音が聞こえた。
 積荷の整理でもするのだろう。
 俺は船室を出て、船長室へと向かった。
 

 もう一人の子分は、別の船室で眠っていたが、こいつはターゲットではないので放置しておく。
 よっぽど優れたナンバー2でも居ない限り、指導者を失った悪者は、求心力を失って彷徨うだけなのだ。
 例えば盗賊ギルド。俺がグレイ・フォックスとなった後、グレイ・カウルを破壊したわけだが、その後盗賊ギルドが何か大きな問題を引き起こしたとは聞いたことが無い。
 船長さえ始末すれば、海賊集団など烏合の衆と考えたのだろう。
 その点だけを考えると、依頼者の判断は的確で正しい。陰湿ではあるがな。
 

 船長室へと辿りついた。
 そこでは船長のガストン・タッソーは暢気に就寝中であった。
 眠っているうちに死ぬのだ、せめてもの情けで、あまり苦しまないようにやってやろう。
 

 デリート!
 
「ほげげーっ!」
 
 断末魔の悲鳴だけがあがった。
 やはり少し苦しかったか、すまないね。
 
「船長! タッソー船長! 大丈夫ですか?!」
 
 その時、船長室の入り口の扉を外からコンコンと叩く音と、子分の声が聞こえてきた。
 どうやら断末魔の悲鳴が聞こえたようで、不審に思ってやってきたらしい。
 
「あの、叫び声が聞こえたもので、船長? 入りますよ!」
 

 俺が別室に身を隠していると、子分が二人船長室へ入ってきた。
 
「船長? どうかなされましたか?」
「あっ、この血は?!」
「何だ? 反乱か? 誰にやられた?!」
 
 船長の遺体を前にして、慌てふためく二人の子分。
 反乱ではないよ、敵襲だよ。どこかでもそんなやりとりがあったね。
 

 俺は、二人が船長の方に気をとられている隙に、船長室を駆け抜けて外へと飛び出してやった。
 闇に滅せよってやつか? 俺も堕ちたものだな……
 

 子分二人に覚られぬよう船外に出たのだが、埠頭の先に見張りが一人残っている。
 確か女性だった、子分の言っていたマルヴリスかな?
 彼女に見つからずに船を出るのは不可能だとわかったので、別の道から逃げることにした。
 

 さらばだ、諸君。
 闇が濃くなるのは、夜が明ける直前であればこそ。
 
 ん、何か違うな。
 
 まあよい。
 

 ………
 ……
 …
 

「海賊は抹殺されたのですな、大変結構。嘆く者はなく、シシスの渇きも癒されました」
 
 これは嘘だろうな。
 少なくとも、海賊の子分たちは嘆いているはずだ。
 つまりこいつらは、シシスとかナイト・マザーとか闇の一党が全てで、それ以外の者については何も考えていないやつらなのだ。
 
 いずれはこの聖域とやらに居る者全員を、俺自身がデリートしてやるからな。
 
 そう誓ったのであった――
 
 
 
 




 
 
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Posted by ラムリーザ